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なんで「米屋町」ってゆう名前なの?
『グランドパレス米屋町プライムマークス』公式HPをご覧の皆様、いつもありがとうございます。
突然ですが、今回は地名の由来のお話をします。
なぜ今更・・・なんて言わないでくださいね。
「米屋町」の歴史はとても古く、室町・安土桃山時代に遡ります。
石州街道沿いの一帯(大市・中市・米屋町)は、
大内氏が山口の都市開発を進めていく過程で、
山口の中心的な町場として発展し、
16世紀前半には「大町」と呼ばれていました。
その後、現在の米屋町あたりは。「晦日市(みそかいち)」と呼ばれるように。
晦日市という地名は、16世紀後半の文書から確認できるそうです。
ただ、その晦日市という地名の由来について詳しく述べている資料は確認できず、
一般的に「市」がつく地名は定期市が開かれたことにちなむとされているそう。
晦日、つまり月末日に同地で開かれていた「市」に由来するものなのではないかと思われます。
そして、江戸時代に、「晦日市」から「米屋町」と変わりました。
改称された年代・理由については不明ですが、
元禄7年(1694年)の文書には米屋町と記載があり、
この頃にはこの名で呼ばれていたことがわかります。
「米屋町」という地名は、山口市のほかに、
萩市・岩国市・須佐市にもあり、
萩の場合は、
・米を売買する商人(=米屋)が多く居住していた
・毛利輝元の萩打入りの際に家来中へ米を分配した場所
という2つの説が由来としてあるようです。
米屋町もこうした事柄と関係があるのでしょうか・・・。
以上が、現時点でわかる米屋町の地名変遷と推測できる由来です。(諸説あり)
まとめると・・・
・大内氏が山口の中心的な町場として発展させていった
・16世紀後半に「晦日市」と呼ばれるように
・江戸時代には「晦日市」→「米屋町」へ?
・由来は米屋が多く居た?米を分配した?
・はっきりとはわかりません
といったところでしょうか。
スッキリしない答えで申し訳ございません・・・。
ちょっとでも、「おもしろいな」・「へえー」と思っていただけたら何よりです。
ちなみに・・・由来とは関係ありませんが、
公式HPにも、こっそり歴史について紹介しています。(コチラをクリック)